安藤忠男の建築(Treviso)

2000年9月26日

ベネトンが経営するアートスクールがある。「ファブリカ」と呼ばれるその学校は、世界から30人程の選りすぐりの若いアーティストを招待して、色々なチャンスを与えて自由に活動させる実験的で不思議な学校である。その「ファブリカ」の建物が完成した。先週、そのプレス発表会に参加してきた。

その建物は17世紀の貴族の屋敷をそのまま残して、新しい建物を増築した形をとっている。このプロジェクトを安藤忠男が担当した。新しい建築とと古い屋敷のバランスをとるのは、至難の業だったに違いない。地下を多用し歴史的景観をあまり変えることなく、機能的で、人と人の温もりを大事にするような面白い建物になっていた。

安藤忠男の建築は、いつもコンクリートのうちっぱなしと言うスタイルがとられる。ヨージヤマモトが生地を切ったままで、糸のほつれを見せたまま洋服を作ったように、いわば、完成していない美を追及している。加えて、このファブリカに対しても、安藤忠男は「私が設計したものは完成したかもしれないが、これからはここに集う若者を育てなくてはならない。建築もそれとともに成長していってもらいたい。この建築を本当に完成させるのは、私ではなく彼等であり、自分の建築物を自分の作品と思ったこともない」と言う。時間的に完成、または終わりがなく、いつまでも、途上にある感覚が確かにこの建物の中を歩いていて感じた。コンクリートのうちっぱなしのお陰で、壁を完成させるのは太陽による、光と影であり、一日のうちでも、刻々とその姿を変えていく。楕円の広場から入って、建物を歩いて行くと、いつの間にかまた楕円の広場に行き着いてしまい、人と人が出会い、自然と会話が生まれる様にできている。ここに集う生徒がお互いを刺激しあい、彼等が成長してアーティストとして巣立って行く過程、その時間までを、この建築物が内包している。そして、楕円の広場という中心があるだけで、表も裏もなく、時間的にも始まりも終わりもないような、全ての瞬間が螺旋の途上であるようなアジア的な輪廻の感覚があった。

一方、17世紀の貴族の屋敷は、ヨーロッパ人が大切にする素晴しい歴史的景観である。一度きりの人生を出来るだけドラマティックに生きたいと言う願いがにじみ出ている。最高の瞬間を永遠に留めたいと言う西洋的情熱と、完成度の高い美を追及している。「育った環境とか懐かしい風景とか、人間にはそういうものが必要なのではないか」とも安藤忠男は言及していた。日本の風景は移り変わりがあまりに激しく、子供の頃の原風景を見つけ出すのさえ、難しい。この点、この17世紀の屋敷はこれからも、守り続けるだろうし、人類の懐かしい風景として残って行くことだろう。

貴族の屋敷と安藤忠男の建築は二つの異なる文化を反映したものであり、「ファブリカ」の建物は双方の良いところをうまく調和させる事に成功していた。

 

記者会見では、ドラマティックに情熱的に語る安藤忠男に対し、ベネトンの創始者ルチアーノベネトンは忍耐強く、むしろ淡々とその話しを聞いていた。矛盾するようだが、安藤忠男の気質のほうがヨーロッパ的で、ルチアーノベネトンの気質のほうがアジア的だったりもする。この建築物は西洋を理解する東洋人、東洋を理解する西洋人と言う二人の天才の共同作業が生んだ哲学的にレベルの高いものとも言えるかもしれない。





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